ありがとうございます☆心から感謝します

こんにちは〜

今日は主人の休みという事もあり、また神社参拝に行きました。


何故最近神社に行くのかというと、

自分でも言葉では上手く言い表せない、なんだか理由なく導かれるような感覚があり

最近ピンとインスピレーションの来る神社ばかり行くことが増えています。



本日の行き先は、直観で既に前に次は千葉県香取市の【側高神社】と決まっておりました。


先日 神社の御朱印帳を購入すると、側高神社の御祭神の名が目に焼き付いて離れませんでした。


側高神社の事は私は全く無知であり、存在も知りませんでした、というよりも、昨年まで私は本当に一切神社に興味の無かった人間で、育った家庭の宗教的な理由で、神社に行くことを許されずにいました。


まるで日本の地に生まれながら、神社に行くことを禁じられ、霊的な力を開けないようにわざと封印されていたようなものです。(それも私が生まれる前に天で決めたのでしょう)


昨年2015年の2月頃に
岩戸開きが、私の中で行われ、

はじめに千葉県の香取神宮に参拝に行き、
それからテレパシーを受けるようになり、

ブログを書きはじめたことや、様々な良き流れを次々といただきはじめております。



さて、本日は千葉県香取市の【側高神社】に参りました。


この神社の御祭神は、
天神(造化三神)である、なんと

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

高皇産霊神(高御産巣日神たかみむすびのかみ)
神皇産霊神(神産巣日神かみむすびのかみ)

であります。



この三体の神霊様方について、少し私が本日参拝後に天から伝えられた内容を書いておきます。



遥か遠い遠い昔、まだ天地が一体であり、天地を分けて、地上世界(中つ国とも言われる)を作ることが決まっだそうです。


その際に天には高天原(たかまのはら)がまず出来、天之御中主様が降臨なさいました。こちらは天地を主宰する役割を担う神だそうです。


次に、万物の生産を司る神が、陰陽に分かれ、高皇産霊神(高御産巣日神)が陽パート、神皇産霊神(神産巣日神)が陰パートの役割を担う神として天から地を分けて開拓したという天の神々で造化の三神と呼ばれております、といってもいずれも高次の霊エネルギーです。


この次元の方々は宇宙にも通じるエネルギー体です、私は神霊様と呼ぶことが増えています。


さて、この神社の御祭神は古来、「言わず語らずの神」として口外することを戒められていたそうで、側鷹大明神などの呼び名で知られているそうです。


香取神宮の第一の摂社であり、創設期も香取神宮と同時期だそうです。


そして、香取神宮の御祭神である、経津主神(ふつぬしのかみ、ふつぬしのみこと)は、
鹿島神宮の御祭神、建御雷神(タケミカヅチノカミ、タケミカヅチノミコト、漢字は他の書き方もあります)と二柱左右一体として、役割を担う神霊様方であります。


この二柱の神霊様は、武力の神だけではなく、
天神 奉斎(あまつ神を奉斎する)、
つまり天神たち
天之御中主様、高皇産霊様、神皇産霊様の三神を地上(中つ国)に奉斎するという貴重な役割も兼任されている神霊様方であるそうです。


経津主神は、齋主神(いわいぬしのかみ)という別名を持つ神霊様であるそうです。


そして、経津主神は地上の現在の千葉県香取市の側高の地に、天神様方を奉斎され、
それが、今日参拝に行きました、側高神社の起源だそうです。


そして、初めて知ったことばかりなのですが、

鹿島神宮の御祭神である、建雷御神の方は、経津主神と同じように、

茨城県鹿島市の今現在も「高天原」という地名が残って顕在しているそうですが、
この高天原と呼ばれる聖地に、天神様方を奉斎されだそうです。


天神様の祀られている側高神社は、

香取神宮から東北東の位置にあり、

建雷御神様が天神様方を奉斎されたという茨城県の高天原という土地(聖地)も、鹿島神宮から東北東の位置にあり、両場所ともに、
神宮から距離もほぼ同じくらいの距離にあるので、驚きました。


これは、天の神様方の中で決まりがあるそうで、社から、東北東の方向に高天原(聖地)を作り、天神を奉斎するよう、

天之御中主様より、国つ神達に伝えられていたのだそうです。



長くなってしまいましたが、次の記事に本日の側高神社の感想を述べます。
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