ありがとうございます☆心から感謝します

私達の生命は、例えるならば

大きな神という大木の中の枝にある、
一枚一枚の枝葉のようなものです。


大きな木を見てみましょう。

そこには沢山の葉がつき、生い茂っています。


その葉の一枚一枚が私達だと考えてみて下さい。


その葉の中には、自分が一番えらい、自分はこんなに大木に役にたっているんだ、
とえらそうにする葉もいるかもしれません。


また、まだ若葉の葉を見ては、俺の方が昔からいるからえらいんだ、色々知ってるし、経験も豊富さ、と見下す葉もいるでしょう。


また、他の葉と自分を見比べて、
自分にはすこし虫食いがある、キズがある、色が薄い、濃いと気にしては、
自分が引け目を感じ、自信のない葉もいるでしょう。


しかし、
皆さんの目からみれば、どの葉が偉いもなく、優劣もなく、良い悪いもないと分かると思います。


神(大木)の目から見れば、
みな大切な自分の子であり、自分の一部を担ってくれている、

愛しい自分、我が身、自分の分身、子であるとすべての葉を愛しているはずです。


どの葉は大木(神)にとってかわいくて、
どの葉は、かわいくないということはないのです。


どれもかわいくて仕方がない自分の一部なのです。


それに気づかない、枝葉の一枚一枚は、

自分だけを大木は評価している、とか、私なんて誰の役にもたってない、
早く落ち葉になって死んでしまいたい、など、
様々な感情に揺れ動きいています。


やがて、秋になり、
葉も一枚一枚色が変わりはじめます。


すると、葉達はよりいっそうソワソワしたり、悩みも深くなりはじめます。


数々の葉は、
「あれ、なんで私はまだ色が変わらないのかしら、隣の葉は、もうあんなに赤くなっているのに、おかしいわ」
と不安になり、


まっ先に色が変わり始めた葉達は、

「ほらみろ、俺はこんなに早く色が変わり始めたぞ、俺はかしこいし、沢山役にたったから、大木(神)にほめられてこんなに赤くなっているに違いない」
とうぬぼれはエスカレート。


次々色が変化していく時期は、葉達の不安も、悩みも、うぬぼれも、増え、
なんだか嫌な雰囲気になりました。


そして、やがて、
真っ先に色が変わり始めた、うぬぼれていた葉達は、
いつの日か、はらりと大木から切り離され、
地面に落ちました。


すると、あれ、なんで切り離されなくちゃいけないんだ、俺は優秀だから、大木にあんなに愛されていたはずなのに、なんで切り離されなくちゃいけないんだ、
と怒りにかわりました。


自分だけ色が変わらないことに不安を感じ、引け目を感じていた葉は、

次々に周りの葉がなくなり、自分が周りよりも長く大木に残れたことを、次第に誇りに感じ始めました。


「なんだ、大木(神)は、自分をこんなに長く残して下さいました、こんなに愛されていたとは、知りませんでした、本当にありがとうございました。」
と最後は満足気に落ち葉となって、大木から
地面にハラハラと降り立ちました。


さて、冬になり、
すべての葉は、大木から切り離され、

地面に落ちました、落ち葉となった、葉達は、

なんだ、みんな、同じ仲間であったんだと悟りました。


最後はみんな同じ姿になり、同じ枯れ葉になるんだと、知っていたら、

あんなに、周りと比べて悩む必要も、自分だけが特別だと思う事も、
無かったんだ。。。

と気づき、反省したのでした。


みんな同じ大木の葉であり、
仲間であり、そこには、優劣も、善悪も、大木から頂くエネルギー、愛の量の差も、

本当は、無かったんだね。


早い遅いの違いはあっても、

みんな最後は同じだったんだね。


と、落ち葉となった、葉達は、

なんて自分達は愚かな心配や競争や、不安を感じて生きていたんだろう、

みんな大木様に、愛されて、ここまで生きられたんだね

とお互いに抱き合い、感げきの喜びにひたりながら、


今度は、もっと早くにみんな同じ仲間だと気づいて、もっと大木の誇りになる生き方をしよう、とみんなで誓いあったのでした。



そして、葉達は、やがてみんなそろって土となり、また、天国へ旅立っていきました。


おしまい     


写真 光を求める枝葉達








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