ありがとうございます☆心から感謝します

3月は別れの季節でもありますね。

恋愛にも、人との縁にも、別れは人生の中で沢山あるでしょう。


あなたと誰かが別れを経験した時


あなたに本当にまた、必要な相手であれば、

必ずいつか、ベストな時期に神に導かれるように

相手と巡り合わせられるはずです。


それが、あるのか、ないのかは、今のあなたには分からないでしょう。

そこまで守護霊様があなたに教えてしまえば、

それはあなたの学びにならなくなってしまうから


あなたに必要な人は、必ず出会うようになっています。

学びが終わった時や、一時的な別れがあった方がお互いにとって学びになるときに別れが
訪れます。

本当にお互いにそのご縁でその方との魂の学びが終わったならば、そのまま、ご縁は無くなっていきます。

一時的な別れが必要で、別れなくてはならない場合には、

必ずいつか、ベストな時期に神に導かれ、再会の機会が訪れます。


ご縁は神にお任せして、ゆったりと、導かれるように出会う人を大切にし、

まだ、ご縁が切れず学びが続いている目の前の方々を大切にして、

学びが終わったり、お別れしていく、お相手には、感謝と互いの健闘を祈り、

神にお任せしてください。


あなたに本当に必要な相手ならば、



かならず、人生の中で再会の機会が訪れます。


神を信じて、

あなたは辛く思ったり、引きずるかもしれませんが、

その気持ちも、思いも全てが魂の学びです。


ご縁とは、神、天が導いてくれるものであります。

          

皆様の心が晴れやかにhappyになりますように\(^-^)/








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1私の臨死体験談と霊界見学 

2私の臨死体験談と霊界見学 

3私の臨死体験談と霊界見学 
3の続きになります。



つぎに見た世界は、地上にあった世界に本当にそっくりでした。


東京の町中を歩いているような感覚で、

周りには数々のビルもあれば、タクシーやバスなどの乗り物もあれば、交差点もある、
そこには、看板やお店のようなものもあり、
とても霊界とは思えませんでした、
そこにいる人々の多くはサラリーマン風の人や町中をあるく大人です、
オフィス街にいる服装ですね、多くは。


私はなぜ霊界に乗り物や会社に見えるものがあるのか不思議で輝く神霊様に聞いてみした。


すると、この世界は地上の生活とよくにている、この世界で地上生活でやりたかった事や、

地上的な欲を好きなだけ実現させて、地上世界の満足をしつくして、次の霊界へ旅立つ準備をするんだ、

だから、仕事が好きな人もいるし、電車やバスなど乗り物に乗りたい人、運転してみたかった人、乗る事が習慣で抜けきれない人々が乗り物をこの世界でも作り出している。

なるほど、みんなテレポートのように自由に体が移動できても、
欲の中に乗り物に乗りたいという欲があるから乗り物が霊界にあるのか。


神霊様がおっしゃった、ここは広義で言えば霊界だが、
本当の霊界ではない、幽界と日本ではよく今は言われているかな、
本来の霊が住む場所では無いのだ、

地上の垢、汚れを落とす一時的な場所だ。

幽界と言われる他の場所も見てみた。


歓楽街まであった。

まるで、ラスベガスのような雰囲気。


キャバレーや、風俗的なもの、酒場、博打やギャンブルのような処にも沢山の霊人がいた。


また、大きな街も見え、そこはまるで巨大なテーマパークに感じた。


日本で言えばディズニーリゾートやハウステンボスのような楽しく、綺麗なものが町中にあって、
そこには、映画村や、コンサートホール、遊園地、公園、劇場、などなど、
地上で楽しまれていたものが沢山街の中にあり、
人々は、いかにも楽しんでいる様子でした。


それぞれがやりたいことを存分に出来るようで、
絵を描く霊人、劇場で歌手として人前で披露する霊人、
何かを作ることにいそしむ霊人、

趣味思考がいくらでも楽しめるようで、
そこにある住民の家家も、

みな個性的。


変わったデザインや、趣味のキャラクターをイメージしてつくられた家や、
オリジナリティ豊かなものがたくさんあった。


現代的なものが多いのは、やはり、この世界にいる霊人たちは最近の時代に亡くなったものが多いからだという、

大抵の場合は、この幽界のこの地上世界の垢落としの場には、

何百年も長くいないので、あまりに古い魂は、   
既に地上に転生しているか、上の霊界(天界)か、下の地獄界に行ってしまうのだという。


だからあまり古い時代に感じる霊人が見え無いのですね。


私がみたこの世界の霊人たちは近代的な感覚の霊人が多く感じました、


おそらく、他の場所もあって、先住民族などの霊人たちがいる場所もあるのだと思います。私は霊界の本当にごく一部だけを見て来たのでしょう。


地上世界の中にも沢山の世界がありますよね、

それを全て語り尽くす事柄出来ないように霊界は地上世界以上に広大で多種多様な生活がありますからね、


幽界の世界は、本当に地上の人々が考えたりしているものがなんでもありました。


おそらく、地上の多くの人々は、睡眠中にこの世界をみていると思います。


地上にそっくりの世界です。


つづく

           



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いつもお越しくださいます皆様、ありがとうございます☆。(*^^*)

私はスケーターの羽生結弦選手を拝見する度に心が清らかな気持ちになるのですが、^ - ^

羽生選手をはじめ、錦織圭選手など最近の若い活躍されている方々の語る言葉をうかがいますと、

新人類の方々の中には、ライバルという思想は少なく、

いかに自身の才能、実力をこの世界で発揮することが出来るか、

そこに焦点があるように感じます。


今までの時代の人々は、いかに周りより秀でるか、ライバルを蹴落とすか、
優勝、トップになるという目標を達成するか、
というような、

自分対他人という思想の中でライバルと競っていく考えでした。


スポーツにしても、オリンピックなども、
周りに勝つことを目標にしていた。

会社でも、資本主義社会でも、いかにライバルより秀でるかが、問われてきました。

しかし、

新時代に生きていく人々のお手本となっていく、人々は、自分vs他人の生き方ではなくなるのでしょう。


自分の才能を力を、発揮する事を目標にし続けている人の中には、

ライバルという敵はいないのです。


自分をいかに神の道具として、世界の為に実力、才能を出しきれるか、

それを第一に考える生き方です。


そのような人には、人との比較も、実力の差に悩んだり、嫉妬したり、悲観する気持ちはないのです。

だからこそ、素晴らしい才能を次々出して行ける、

周りの人と競っているうちは、

本当の神性を発揮した実力は現れないでしょう。

自分と内なる神性の覚醒。

自分の種を開花させること。


それしか考えなくなっていった時に、

人は本当の神憑り的なパワーを発揮させていけるのでしょう。


私自身も、誰かと競う思考、
誰かをライバルに感じているような気持ちはありません。


誰かと競うこと自体があまり波動が高い生き方とは言えないと感じます。


それぞれが才能を開花していけば良いことで、争う、競う必要はどこにもない。


それぞれが世の為に自分を役立てるのに、競うのではなく、称えあい、褒めあい、共に励まし合えば、互いに延びるはずです。


それぞれの個性、才能、力、神から与えられた全ての自分に宿るものを、

大いにこの地上で最大に発揮しつくして、出しきってから地上を去りたい。


そのような思考で生きておりますので、他人と自分を比較してみたり、
ライバル視してみたりという、
発想はないのです。


誰にでも才能は何かしらあるでしょう、それを神の使徒として地上で発揮してこそ、

新世界、弥勒の世、神の世、次元上昇した世界となっていきます。

そこに、他人と競う気持ち、比べる気持ち、心は、

皆無い人々になるでしょう。

それぞれの個性、才能を認め合い、称えあうのが
新時代の調和の世界です。


           








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本日の木花咲耶姫様からの御神示、神様からの警鐘さんのサイトの木花咲耶姫様のお言葉がとても重要な内容に感じました。

↓に記事をリンクいたします。こちらです。
木花咲耶姫様からの御神示、神様からの警鐘さんサイトより 
[神の心を知りたくば、天を見よ、自然を見よ、地上を見よ]


こちらのご神示のお言葉は、少々古い言葉使いですので、読みずらいと感じる方がいらっしゃるかと思いました、
この記事について原文が読みにくい方の為に、わたくしはひふみ神示の現代訳をしておりますことから、この記事を現代訳に変換して掲載させていただきます。

出典元 木花咲耶姫様からの神示、神々からの警鐘さんサイトより 

[神の心を知りたくば、天を見よ、自然を見よ、地上を見よ]の記事原文
原文はこちら 

現代訳に変換させてシェアさせていただきます。

以下 現代訳にした状態の木花咲耶姫様の神示のお言葉

************

宇宙は限りなく、いかに人間が知恵深くても、そのすべてを知ることはできません。

宇宙の真理はこの世もあの世も全ては神の御心であります。ですからに真理は元ひとつ。

宗教の違いというは、人間が作り上げたもの。
そもそも神は人間の我欲が神の思いを遥かに超え、物質主義に傾きすぎて精神を置き去りにするのを憂慮され、この世に宗教者を降ろされたのです。

であれば全ては神の御心から出るのであれば、その真理はひとつなのに、この神こそ本物である、この宗教こそ本物と申すものがいればそれこそ本物ではありません。

そのような論争は恥ずかいことです。

人はどうあがいても神にはなれず、人を導く宗教者はあくまで中庸で謙虚な態度で人の後ろに座するものです、
そして命をないがしろにする教えなどひとつもない。

近々では、自殺者が多いでしょう。自殺して、楽になどなりはしません、あの世の仕組みを知れば到底、己の命も他者の命も奪えないでしょう。

あの世は、この世よりさらに厳しいと心得なさい。

また互いが補い互いに高め合うのが宇宙の真理です。
すべてのものは平等であって、成功するものはどこかに大きな欠けがあるものです。

己には何の才能などないと思うのもどこかに小さな才能があって己が気づかないだけです。

平凡であることも難しいでしょう。この世とあの世をあわせれば、さらに平等となるでしょう。

神は平等に欠けたようなものには、それを補って余りゆく程のものを与えられる。

己はいつも不幸であると嘆いてばかりいるものは、10年前をおもい起こしてみなさい。

善い種をまくものは、花が咲き実もなるけれど、悪の種をまけば、不幸現象が起こるのです。
因果応報それも真理、不幸は全て己の行動の結果なのです。

この世は陰と陽によって回って巡る。
けれど近々では、陰と陽の調和が崩れさり、天と地がひっくり返ってしまう様である。

陰陽調和すればこその宇宙の真理、天と地が本当にひっくり返ってしまうその前に宇宙の自浄作用にて元に戻そうとしている。

それは明日かもしれない。三年後かもしれない。
けれどすでに立てわけは進んで、最後に残されるのは、魂の清いもののみ。

なぜかと言えば、今は地球の次元が低いけれど、立て替え立て直しによって、この地球の次元はあげられるものであるならば、低いレベルの魂では、生きられないからであります。

次元高い世、そこに残ることのできる魂は一人でも多いことを神は望まれる。

己の魂を高めるには、まず、己の欠けを認めることです。
神の心を知りたければ、天を見なさい、自然を見をみなさい、地上を見なさい、その中にある、神の怒り、悲しみ、苦しみ、慈愛を感じとることであります。

以上 
*[*[*[*[*[*[*[*[*[*[*[*

2016年3月15日 現代訳広光清蓮


木花咲耶姫様の神示のお言葉を現代訳にして掲載させていただきました。

こちらの神示はサイト管理人兼巫女である、天杵万乃様(旧名木花万乃様)に現代訳に変換する了解は得ておりませんので、本来はわたくしも、訳すことは良いものか、分かりませんので、この記事のみ今回のみ非常に重要だと、
天の力が裏で後押しして参りまして、
掲載して良いか非常に悩みましたが、現代訳を公表させていただきました。

もし、不都合な点やあまき様から載せるのをやめた方がよいと思われているように私自身受けとめましたら、すぐに非公開とさせていただき、私個人の記事として使うことにいたします。

ひふみ神示の現代訳サイトはリンク集に載せてある日月神示現代訳 ひふみ神示愛
というサイトです。
こちらは、版権が切れておりますので、現代訳をお役目として活動させていただいております。








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これからの新たな時代では、

その人がどんな人間なのか、

心の中は何を考えているのか、

丸見えに心の内が分かる人々だらけになります。 

そうなった時に、

その相手や周りの人々と堂々と共に生きていける人間とは、 

心の中が、きれいで、言葉に偽りがなく、

行動が心と言葉と一致している。

そんな人々です。

もう、そのように人の心の中がはっきり分かる人々が
沢山地上世界には生まれており、現代を生きています。

インディゴチルドレン、クリスタルチルドレン、レインボーチルドレン、サイキック、霊感や霊的な覚醒が進んでいる方々、、

これらの方々の中では、

お互いの心の中、心の内は見えてしまう。

その人がどんな人間なのか、

魂がきれいな状態なのか、雲っているのか、

何かの欲にとらわれている状態なのか、

魂磨きよりも、地上の物質世界にどっぷりつかっている状態なのか、

瞬時にその人の状態が分かる人々ばかりの中で、

あなたは誰に見られても恥ずかしくない心を持つことが出来ますでしょうか。

見られたり、知られたり、気づかれたり、ばれて恥ずかしい事をしたり、思ったり、発言していないでしょうか。

心の中身と、表の発言、実際の行動、生活、

それが、バラバラで、嘘や偽りや欲で塗り固められていたのなら、

見る人から見れば瞬時に丸見えで分かってしまうのですよ。

それは、実際に会わなくても、その方を霊視したり、考えてみるだけで、心の状態が見えたり、分かってしまうのです。

そんな、みんなが心の中を見通せる世界の中で、
堂々と共に生きていける方々。

そのような方々以外は恥ずかしくなって、離れていかれ、同じ波動の中でいられなくなる、

そんな時代になって、参ります。

欲で動いているのか、利他の心から動いているのか、
既に、分かる人々達には、分かるのです。

沢山の天地の皆様へ

感謝いたします。

           
画像作 クリスタルダイヤモンド








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本日の2回目の更新になります。

本日の2時46分に東日本大震災の追悼式の中継と共にテレビの中の慰霊碑に向かい黙祷とお祈りをいたしました。


今までの地球では、形式が重要視されてきました。


信仰といえば、宗教と思われ、形式的な○○教、○○会、などなど、形式的な宗教を持つ人だけのもの、と感じられて来ました。

また、祈りといえば、
現在でも、それぞれの宗教、宗派の儀式、形式的な祈りの言葉、形が大切なのだと思われております。


キリスト教の祈り方、仏教の祈り方、イスラム教の祈り方、ユダヤ教の祈り方、ヒンズー教の祈り方、神道の祈り方、新宗教、新新宗教の祈り方、

実にバラバラでした。

しかし、祈りの形式、神の祭り方、

そのようなものは、これからの新らしい地球時代においては、

重要なことではなかったと、人々は気づいていくことでしょう。

宇宙の根源神の元に、
地球人として、神の子として生きるようになった時に、

祈りの作法、方式、言葉、宗派など、
だんだんと関係なくなって行きます。

本当の [祈り] とは、

神との対話です。

根源神様、天上界の神霊様方、自然神様、そして人々の心(魂)の中にある一人一人の内在神へ向けた対話。


それを日本語では祈りと言います。


人に話をするときは、会話、対話ですね。


人の心の神に向かって語れば、それは祈りになります。


今までの地球の信仰は、宗教的な形式的な信仰の中での祈りでした。


お経や念仏を沢山あげることや、

膝不味いて祈りの言葉を話すことや、

礼拝をしたり、祝詞を唱えたり、

それが、祈りだと認識されていました。

しかし、本当の祈りとは、形式は関係ない。


今までの地球宗教は、祈りの作法の違いや、祈る対象などの違いをお互いに批判し、


あれは違う、こっちが正しい、自分の信じる宗教の人は救われて、別の祈りをしている人は違う、地獄に落ちる、間違っている、邪教、邪宗だ、

と互いにこのやり方だけが正しいと思っていたようなところがありました。


しかし、神の愛がそんな、不公平なはずはありませんね。


どんな宗教だって、どんな形の祈りをしたって、
どれが正しくて、何が間違いということはないのです。

形式にこだわることよりも
大切なのは、その心です。


その心が本当に神に向かっているのか。

神の子として、本当に神を信じる心を持って祈っているのか。


その心こそが大切であって、祈り方、形式、作法うんぬんが重要なのではないはずです。


神、高級神霊様方は、祈りの形式で怒るなどということはないと思います。

無礼な行為や態度は良くないと思いますが、祈り方の形式に何か言われることはないはずです。


神様は心を見ているのです。


ですから、これからの新たな時代には、
祈りにこれが正しいというような決まった形などなくなるでしょう。


祈った言葉、思いそのものが祈りですから。


いくら内容も分からないお経や念仏を唱えつづけても、心が全く違う事を考えていたり、心が祈りになっていなければ、なんのために祈っているのか、分からなくなりますね(*^_^*)。

心から神へ対話すること、

人々の心に語りかけること、

それが、祈りになっていきます。

形は、自由にお好きな形でなさればよいでしょう。


手を組むのがやり易い方もいれば、
柏手を打って祝詞を唱えるのが好きな人、
何かを唱えるやり方が好きな方、
合掌する方、
黙祷、瞑想する方、
膝まずく方、
十字を切る方、
言葉を話す方、書く方、

なにも形にとらなくても、心の中で語る方。

それで良いでしょう。

形はどれでも、自由にお好きなやり方でなさればよい事。


逆に何か形をとらなければならないということもなくてよいです。


それぞれが、自由に神に祈る、

それがこれからの、地球の新時代、神の世、弥勒の世、アセンションした世界の、

祈りになるでしょう。


そこには、宗教宗派への壁は無くなり、

全ての宗教は手を取り合い、認め合い、

宇宙の根源神の元に統合され、

宗教争いや差別、派閥などは無くなって、各自が自由にお好きな形で

根源神の元に生きながら、日々発する心自体が祈りとなっていく時代が来ることでしょう。


これからは、無理に家に神棚や、仏壇を置かなくても、
各人がいつでも心の中で祈りを捧げられるようになれば、
形式的なものは無くても、神を祭りながら生きることになっていくでしょう。

 
神棚などがあった方が祈りやすい人は、自由に設置すれば良いですし、

無くても神に向かいながら生きられる方は、
持たなくとも良いと私は思います。

クリスチャンで育った人、仏教で育った人、様々な宗教の元に育った方々がおります、

そのような千差万別の事情がある方々に無理に神道の神棚など形式的な神具や仏具を買わせる必要はないと思います。


それらの神棚や仏壇を備えたりするのには、物を置くわけですから、家族や親族や周りの人からの目や意見も様々考慮する必要が出て来ますからね(^_^;)。


今までの時代のように、
○○しなければいけない、という決まりはなくなっていくのが、
波動の高い世界です。

今までは、地域や人種にあった形式がバラバラに生まれてきましたが、

これからは、一つの地球という星の元に調和していきましょう。

そうゆう時代の先駆けに私達は今いるんですね(^-^)。

地球を一つの愛の星にしていきましょうね☆(^-^)。

         
画像広光清蓮作 明るい地球








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本日、東日本大震災から5年を迎える3月11日。


あの日から、時間が止まったままのように感じていらっしゃる被災者の方々もおられることと思います。

光を見いだし前向きになんとか歩み出された方々もおられることとでしょう。


犠牲になられ、この世を去られました多くの犠牲者の皆様に心より追悼の祈りを捧げると共に、

地上世界に留まられ、さ迷われている多くの霊魂が安らかに神の道へ昇られ天に帰る事ができますように、
お祈り申し上げます。



地上にて被災された被災者の皆様。


今、様々な思いを抱き、懸命に生きておられますね。

本当に尊い皆様お一人お一人です。


神様が、皆様を地上に生かされたのには、
理由があります。


辛く、悲しい、恐ろしい体験をされて心にトラウマをつくってしまわれたことでしょう、

しかし、そのマイナスを、プラスに転じる魂の成長と体験を、
地上で自分はするんだというように、
天から地上に生まれてくる時に、
あの世で神様や守護霊様達と約束されてきたのです。


辛く悲しい体験をしてもそれを乗り越えること、それこそがこの地上世界で魂の成長をするための大きな大切な体験です。


その体験は、人それぞれです。


災害で体験を乗り越える方、家庭問題で乗り越える方、病で乗り越える方、様々なトラブルで乗り越える方、一人一人魂の計画は違います。


皆様の人生の体験には、けして無駄な事はないのです。


お父様、

お母様、

お子様、

ご兄弟、

おじいさまおばあさま、

親戚、

お友だち、

恋人、

近隣の方、

仕事仲間、

先生、生徒、

ペット、

大切にしていた人、もの、、、

大切な存在を

震災で亡くされた皆さま


ご飯を食べることはできていますか?

睡眠はとれていますか。。

風邪などひいていないですか。。

○○はいつも、あなたのそばにいるのですよ。
*。゜☆

あなたのことをいつも見ています*

目には見えないので分からないでしょう。


このように霊体になってしまうと肉体とは波動が違うので、あなたの目には全く見えないけれど、

いつでも、○○は、あなたのこと見守り、愛し、たくさんのメッセージをあなたのハートに送っています。


あなたが、ふと、心が暖かくなったり、何か感じた時は、
あなたに、霊体になった○○が言葉をかけて、それがあなたのハートに伝わった証拠です。☆゜゜*


あなたが悲しいのも、苦しいのも、辛いのも、必死で耐えてがんばっているのも、


すべて○○や、私達には分かっていますよ。


たくさんのエールや愛を見えない体で、

あなたに必死で送っています。


あなたは、どんな事があっても、一人で暮らしていても、

周りに誰もいなくても、

けしてあなたは、一人ではありません。


あなたの側にはいつも○○や、

あなたが生まれた時からずっと見守り続けている守護霊様や、

あなたを見えない力でサポートしている指導霊様や、

ご先祖様達、天の数々の天使や、霊人たちが、あなたに愛を送り包んでいるのです。


そして、何よりあなたの心の中には、神様が、住んでいる。


だから、あなたはどんなに寂しくても、孤独を感じても、

一人ではないですよ。


わたしもこのサイトから、いつもエールを送っています。


少しずつでいい、今まだ進めなくてもいい、

いつかあなたの体験を、


天に昇華して、強く人間として前を向いて進める時が来ることを

天からたくさんのあなたを愛する存在が見守り続けています。


あなたが地上世界で精一杯生きる事が、

なにより天の○○の望まれていることでしょう。


皆さまの悲しみを日本の全国民で、分かち合い、

喜びは、共に倍にして、
一人一人が光の道を歩み出されることを、

いつも心より祈っております。



被災者の方々、被災地へ愛と光と祈りを送ります。

        
写真 天光

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昔の時代には、人は簡単に自分の思いを世間に表現することはそうそう出来ませんでした。


書物にして出版したり出来る人は、極一部の人だけ。

特にかつての女性達は、教育もまともに受けられず、字も読めない書けない事も多く、

女性がこのように自分の思いを、字にしたため、世間の皆さまへ発信することなど、

出来た時代はそうそうありませんでした。

さらに現代は、言論の自由が日本では認められ、検閲などもなく、
本当に書きたいこと、伝えたいことをこれほど直接、自分の体で書いたりして表現できる。

かつてのキリスト様も仏陀様も自分の体で、直接書いて残された文章はほぼ残っておらず、

口伝えで弟子や周りの人達が記録として、後に残したものが、現在伝えられております。


中には、歪んで伝わったものや、弟子や周りの意図に歪められてしまったもの、
間違って伝えられているもの、様々が含まれております。


また、あの世(霊天上界)に帰ってしまえば、

地上世界の人々に自分の思いを表現できるチャンスは、
ほぼ無くなってしまいます。

霊媒(巫女、チャネラー)に、霊天上界の霊となった人々が、
言葉を伝えて、それを広げたり、示してもらえるチャンスというのは、

どんな霊人にも、貴重なことであり、そう簡単に出来る経験ではないのです。


霊媒を通して、霊天上界にいる高級神霊達が、
自分の思いを表現できるチャンスがあったとしても、
数回、数十回地上の霊媒の人間に伝えられればかなり素晴らしい体験を積んだというくらい、
狭き門であり、沢山地上の人々に伝えたいことがあっても、
それは、霊天上界に帰ってしまえば、出来ないことになってしまうのです。


死者が、地上の人々にいくら話しかけても、聞いてもらえないのです。


地上の現代の日本という先進国にいるからこそ、
堂々と自分の思いを世界に発信できるという、
奇跡に近い、ありがたい環境で学びを深め、体験を積んでいけるのですね。

本当に、幸せで、ありがたい神からのプレゼントに感じます。

せっかくこのような恵まれた環境に生まれ、発信できるチャンスがあるのですから、

みなさまも自分の思いを世界に表現されながら、
神の子としての思いを表現するという、徳を積まれる体験をされてみてはいかがでしょうか。


またとない修行となり、魂の成長も学びも深まることと思います。


以前、寄せられた批判コメントに、
ブログのようなものをすることは考えられない、
自分はしようとも思わない、
と仰られた方がおられました。


SNS やインターネットなどのツールで、表現するもしないも全て個人の自由でありますね。


わたしがなぜ、ブログを書くのか。

それは、わたしにとって、自由に自分の思いや、感じることを世界に表現することが、

なにより、魂の喜びだからです。


それが私にとって、幸せであるからです。

そして、喜びが世界に広がり、伝わる事は、けして悪い事だとは思いません。

言霊(ことだま)として、世界に広がるでしょうし、

天上界からも、しっかり、地上の全ては見えており、
地上の文章も霊天上界の高級霊様方々にも様々な形で読まれております。

わたし達のいる地上からは、霊天上界の事は、見えない分からなくても、
上の世界からは、お見通しです(*^^*)。

下手な事は、出来ないんですね。(^_^;)

ですから、堂々と嘘を書いたり、ついたり、
心と違う事を書いたり、そんな事をしようとも思わなくなり、

いつも神や天上界の高級霊様方に見られていると思えば、行動も発言も、思いも、

正しく、嘘偽りなく、堂々と神に顔向けできる自分でいようと、
常に考えて行動するようになると、わたしは思います。


いつもお読みいただき、ありがとうございます*

皆様の日々が益々明るく輝きますことをお祈り申し上げます。

           
写真庭の菜の花








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この地上世界の中には、現在もまだまだ様々な闘争が絶えません。

そして、地上の人々も多くの方はまだまだ自分は不幸だと考えていらっしゃる。

なぜ、不幸だと感じるのでしょう。


その一つの要因に、

他人や、周り、他のものごとと自分を比較してしまう、その御本人の「心」が上げられます。

比較する気持ちというものから、多くのネガティブな、良くない「心情」が発生します。

そして心から闘争も発生します。


あの人は新しい家に住んでいるのに、私は、、。

あいつの奥さんはあんなに可愛いのにうちのは、、。

周りの友達は次々結婚していく、子が生まれていくのに、わたしは、、。

あの人達は正社員でボーナスもでるのに、俺は、、。

あの人はちやほやされているのに、自分は、、、。

うちの子はまだ○○できないのに、あの子は出来ている(焦)、、。

うちのテレビはあの家より小さい。

うちの車は小さいし、古いのに、あのうちは新車の大きな車、、なんか、むなしくなってきた。

あいつはレギュラーなのに、おれはいくらがんばってもレギュラー入りできない。

個人を通り越せば、あの会社は、○○なのにうちの会社は、、。

あの国はあんなに○○なのに、うちの国は、、。

このように、周りや他人、他と自分を比較しはじめた瞬間から、
 
不幸の要因が発生していきます。


比べなければ、平和で穏やかだった「心情」が、
比べてしまった直後から、

モヤモヤ曇り始め、自分は不幸だ、みじめだ、恥ずかしい、負けた、悔しい、面白くない、

と劣等感(コンプレックス)という、
マイナスな、低い波動の心を生み出し、

本人自身が苦しむことになっていきます。


他と自分の比較は不幸の始まりであると言えるように思います。


劣等感(コンプレックス)を抱く場合の真逆も、比較から発生します。


おれはあいつの○○よりも、良いもの、高いもの、新しいもの、価値あるもの、を持っているんだから、
あいつよりも偉い、勝った、すごい、等など。

また、うちはあの家よりも○○だから、
あの家はかわいそうね、、。
と見下す心を持ったり。


あの人達は知らないものを自分は知っている、という気持ちからおごり高ぶってしまったり。

そのように、比較してごう慢(自分を偉いと勘違いする)になることも、
不幸の始まりでしょう。

大抵、こちらの心を持っている人々には、
サタン、魔がつけ入って参ります。

サタン(魔)の波動と同通してしまうからです。

こうして、数々の傲慢になって生きていた方々が、
死後、あの世に行ってから、

本当に地獄界のサタン、魔達のしもべとなってしまうという現実があるのです。


地獄に向かって行かれる方々は、
この地上世界で生きている頃から、
低い波動の心を抱きやすい傾向を持ち、

地獄界に通じる、マイナスの心を持って生きていた方々です。


地上世界にいる間に、比較をする心を持たずに、
澄んだ綺麗な心でいた人々は、死後にけして地獄界に行くようなことはないのです。

このような現実がありますので、

皆さまは、今日から、本当に他と自分を比較する気持ちを、

さらさらと、水に流して、

比較しそうになったら、自分をかえりみて、
比較しても、不幸を生むだけだ、と

その気持ちを消してゆかれることを、おすすめいたします。

足るを知る、自分の神から与えられた環境、境遇を感謝できる人になっていかれることを

神様は望まれていらっしゃるのではないかと思います。*゜(*^_^*)


お読みいただき、いつもありがとうございます*(^-^)

          

写真 クリスタルな心で








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私達の生命は、例えるならば

大きな神という大木の中の枝にある、
一枚一枚の枝葉のようなものです。


大きな木を見てみましょう。

そこには沢山の葉がつき、生い茂っています。


その葉の一枚一枚が私達だと考えてみて下さい。


その葉の中には、自分が一番えらい、自分はこんなに大木に役にたっているんだ、
とえらそうにする葉もいるかもしれません。


また、まだ若葉の葉を見ては、俺の方が昔からいるからえらいんだ、色々知ってるし、経験も豊富さ、と見下す葉もいるでしょう。


また、他の葉と自分を見比べて、
自分にはすこし虫食いがある、キズがある、色が薄い、濃いと気にしては、
自分が引け目を感じ、自信のない葉もいるでしょう。


しかし、
皆さんの目からみれば、どの葉が偉いもなく、優劣もなく、良い悪いもないと分かると思います。


神(大木)の目から見れば、
みな大切な自分の子であり、自分の一部を担ってくれている、

愛しい自分、我が身、自分の分身、子であるとすべての葉を愛しているはずです。


どの葉は大木(神)にとってかわいくて、
どの葉は、かわいくないということはないのです。


どれもかわいくて仕方がない自分の一部なのです。


それに気づかない、枝葉の一枚一枚は、

自分だけを大木は評価している、とか、私なんて誰の役にもたってない、
早く落ち葉になって死んでしまいたい、など、
様々な感情に揺れ動きいています。


やがて、秋になり、
葉も一枚一枚色が変わりはじめます。


すると、葉達はよりいっそうソワソワしたり、悩みも深くなりはじめます。


数々の葉は、
「あれ、なんで私はまだ色が変わらないのかしら、隣の葉は、もうあんなに赤くなっているのに、おかしいわ」
と不安になり、


まっ先に色が変わり始めた葉達は、

「ほらみろ、俺はこんなに早く色が変わり始めたぞ、俺はかしこいし、沢山役にたったから、大木(神)にほめられてこんなに赤くなっているに違いない」
とうぬぼれはエスカレート。


次々色が変化していく時期は、葉達の不安も、悩みも、うぬぼれも、増え、
なんだか嫌な雰囲気になりました。


そして、やがて、
真っ先に色が変わり始めた、うぬぼれていた葉達は、
いつの日か、はらりと大木から切り離され、
地面に落ちました。


すると、あれ、なんで切り離されなくちゃいけないんだ、俺は優秀だから、大木にあんなに愛されていたはずなのに、なんで切り離されなくちゃいけないんだ、
と怒りにかわりました。


自分だけ色が変わらないことに不安を感じ、引け目を感じていた葉は、

次々に周りの葉がなくなり、自分が周りよりも長く大木に残れたことを、次第に誇りに感じ始めました。


「なんだ、大木(神)は、自分をこんなに長く残して下さいました、こんなに愛されていたとは、知りませんでした、本当にありがとうございました。」
と最後は満足気に落ち葉となって、大木から
地面にハラハラと降り立ちました。


さて、冬になり、
すべての葉は、大木から切り離され、

地面に落ちました、落ち葉となった、葉達は、

なんだ、みんな、同じ仲間であったんだと悟りました。


最後はみんな同じ姿になり、同じ枯れ葉になるんだと、知っていたら、

あんなに、周りと比べて悩む必要も、自分だけが特別だと思う事も、
無かったんだ。。。

と気づき、反省したのでした。


みんな同じ大木の葉であり、
仲間であり、そこには、優劣も、善悪も、大木から頂くエネルギー、愛の量の差も、

本当は、無かったんだね。


早い遅いの違いはあっても、

みんな最後は同じだったんだね。


と、落ち葉となった、葉達は、

なんて自分達は愚かな心配や競争や、不安を感じて生きていたんだろう、

みんな大木様に、愛されて、ここまで生きられたんだね

とお互いに抱き合い、感げきの喜びにひたりながら、


今度は、もっと早くにみんな同じ仲間だと気づいて、もっと大木の誇りになる生き方をしよう、とみんなで誓いあったのでした。



そして、葉達は、やがてみんなそろって土となり、また、天国へ旅立っていきました。


おしまい     


写真 光を求める枝葉達








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