ありがとうございます☆心から感謝します
本日指導霊様のお一方よりお話しいただきましたメッセージになります。
この神霊様のお名前はわたくしは存じ上げておりますが、あえて公表いたしません。


*******


そなたらの、目に見える世界も無くてはならぬ世界である。

目に見える物質も整えよ。

おみな(女)として生を受けたのならば、
身だしなみは、より己が最大に美しく見えるよう整え、自らの授かった肉体を最大に生かすことである。

おみな(女)として生を受けていながら、身なりをかわまず、化粧もせずが良いこと、と思うは間違いなり。

自然体が一番と考え、素の顔のままが良しと思うやもしれぬ、しかし、それは年齢を重ねると共にあまりに化粧をしないのは、周りに気を使わせると心得よ。

目に見える物質を整える事の最も重要なりは、掃除なり。

周りの目に見える環境は、すがすがしく、清らかな、美しきが良けれ。

汚れ、乱れ、ほつれ、垢などは、
掃除手入れし、古びた物は、天に返すが良し。

いつまでもヨレた衣服を身につけず、
新たな気のすがすがしき物を身に付けよ。

おみな(女)は常に美しく、目に見える物質世界を彩り、整え、周りに喜びの気(エネルギー)を与えよ。

2016年3月20日 チャネリングby 広光清蓮

*********


非常にお恥ずかしながら、公開させていただきました。

たしかに最近の私はナチュラルやエコの観点からファンデーションもつけず、スッピンに眉毛だけ書く化粧といえないような化粧に、

何年も着ているヨレた服をルーティーン化して着ていました。
あまり人に会わないし、周りのママさん達も気合いいれた服装をしている人はあまりいないので、
むしろ少し古びた物を身につけていた方が目立たなくて、いいな、あまり周りと違うようにすると目立つようで嫌だなと感じていました。

掃除も確かにいつも同じところをパターン化して掃除しているだけで、

あまり細かい場所まで気合いをいれて掃除していませんでした。

ズバリと指摘されてしまい、

お恥ずかしい。

公開しなくても良い私にあてたメッセージですが、
女性方や男性にも何か気づきになればとの思いから公開にいたします。

いつもありがとうございます(^-^)

         広光清蓮








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皆様おはようございます。

今朝は、家の前にたまたま出ていた時に、あるパンフレットを持った人が近づいてきて、熱く語られました。


私は話など耳に入るどころか、その方から感じらるエネルギーに恐怖しかなく、

全く話は聞く気もないのに、敷地に入ってきて、熱く語り、パンフレットを置いて行かれました。


怖かった、、近づかれただけで、ダメージを感じました。


どんな内容が良いとしても、その押し付けに近いエネルギー、聞きたくない人に熱弁すること、一方的に勧めること、

それ自体が恐怖に感じるのです。


宗教にしてもそうですし、勧誘にしてもそう、営業やセールスにしても、
その押し付け的なエネルギーを放つ人からは、

嫌なエネルギーがバンバン放たれておりまして、
自分のオーラ圏に入られる、目を合わせるのも嫌な気持ちが起こります。



私が二十歳の頃、
都内を一人で歩いていて、エステの無料体験に誘われました。

あまりに話にがんじがらめにされてしまい、
エステの店内にはいったら、、、

エステの無料体験の後に個室に監禁状態にされ、
何十万のコースを勧められ、サインをしなければ、出られない状態にされました。


当時私は親元を離れて暮らしており、誰かに相談する時間も与えられずただ、押し付けられ、

恐怖に怯え、早くここから出たい一心でした。

もう、出るにはサインするしかない状態でした。


結果ローンを組まされました。

後に親に打ち明け、なんとか、解約をすることが出来ましたが、一部お金は取られました。


本当にあの頃、私自身にとって、19才20才頃は様々な災難が起こった時期です。

あの体験があることで、

より人から何かを勧められたり、熱く語られたり、することが苦手になりました。


化粧品や健康食品やエステ、セミナー、宗教的な集まりなど、周りから色々勧められたり、しても、
絶対に嫌だと、感じるようになりました。

トラウマを作り出してしまったのだと思います。


しかし、それは同時に、私も絶対に人に勧めたり、押し付けるような事はしたくない、しないようにしなくては、と思うきっかけにもなりました。


家庭に訪問してパンフレットなどを勧めて歩き回る宗教家の方々は、

自分達は正義、良かれと思い、人々を救おうという意識で、家庭を周っているのかもしれません、

しかし、その行為を受ける側が、嫌な気持ちを抱けば、それは、正義でも親切でも救済でもなく、

カルマになります。


人々に恐怖を与えているのと同じです。

だから、日本の国内で宗教が嫌われる。

嫌なイメージ、怖いイメージを持たれる、

そのイメージを植え付けたのは、

人々に無理に勧めたり、押し付ける今までの、一部の宗教組織の在り方、信者の在り方から来ているように感じます。


押し付け的なエネルギーは、誰もが嫌な気持ちになりますよ。


特にインディゴチルドレン、クリスタルチルドレン、レインボーチルドレンなどは、

いくら周りの方々がいいと言っても

本人が納得したり、その行為をする人の在り方、会社や組織の在り方など全体的に見て、良いと判断できなければ、

応じないような方々が多いと感じます。


嫌なものを無理に魂の意思に判して受け入れることが、

いかに、自分を傷つけ、痛めるか潜在的に知っているのでしょう。


女性達も本能で分かっているはずです

嫌なものを受け入れることは、

女性の方々は、拒否したくなる。

それは、肉体的にだってそうですよね、
無理にとか、押し付け的なエネルギーや、自己中心的なエネルギーや、自分が嫌な相手には、
指一本触れて欲しくない、

そのような意識も女性の中にも沢山あるでしょう。


誰もが、自由に自分で納得して選ぶ権利があり、
自分で選びたいのですから、

押し付けは全てにおいてNGですね。


          








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3月は別れの季節でもありますね。

恋愛にも、人との縁にも、別れは人生の中で沢山あるでしょう。


あなたと誰かが別れを経験した時


あなたに本当にまた、必要な相手であれば、

必ずいつか、ベストな時期に神に導かれるように

相手と巡り合わせられるはずです。


それが、あるのか、ないのかは、今のあなたには分からないでしょう。

そこまで守護霊様があなたに教えてしまえば、

それはあなたの学びにならなくなってしまうから


あなたに必要な人は、必ず出会うようになっています。

学びが終わった時や、一時的な別れがあった方がお互いにとって学びになるときに別れが
訪れます。

本当にお互いにそのご縁でその方との魂の学びが終わったならば、そのまま、ご縁は無くなっていきます。

一時的な別れが必要で、別れなくてはならない場合には、

必ずいつか、ベストな時期に神に導かれ、再会の機会が訪れます。


ご縁は神にお任せして、ゆったりと、導かれるように出会う人を大切にし、

まだ、ご縁が切れず学びが続いている目の前の方々を大切にして、

学びが終わったり、お別れしていく、お相手には、感謝と互いの健闘を祈り、

神にお任せしてください。


あなたに本当に必要な相手ならば、



かならず、人生の中で再会の機会が訪れます。


神を信じて、

あなたは辛く思ったり、引きずるかもしれませんが、

その気持ちも、思いも全てが魂の学びです。


ご縁とは、神、天が導いてくれるものであります。

          

皆様の心が晴れやかにhappyになりますように\(^-^)/








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1私の臨死体験談と霊界見学 

2私の臨死体験談と霊界見学 

3私の臨死体験談と霊界見学 
3の続きになります。



つぎに見た世界は、地上にあった世界に本当にそっくりでした。


東京の町中を歩いているような感覚で、

周りには数々のビルもあれば、タクシーやバスなどの乗り物もあれば、交差点もある、
そこには、看板やお店のようなものもあり、
とても霊界とは思えませんでした、
そこにいる人々の多くはサラリーマン風の人や町中をあるく大人です、
オフィス街にいる服装ですね、多くは。


私はなぜ霊界に乗り物や会社に見えるものがあるのか不思議で輝く神霊様に聞いてみした。


すると、この世界は地上の生活とよくにている、この世界で地上生活でやりたかった事や、

地上的な欲を好きなだけ実現させて、地上世界の満足をしつくして、次の霊界へ旅立つ準備をするんだ、

だから、仕事が好きな人もいるし、電車やバスなど乗り物に乗りたい人、運転してみたかった人、乗る事が習慣で抜けきれない人々が乗り物をこの世界でも作り出している。

なるほど、みんなテレポートのように自由に体が移動できても、
欲の中に乗り物に乗りたいという欲があるから乗り物が霊界にあるのか。


神霊様がおっしゃった、ここは広義で言えば霊界だが、
本当の霊界ではない、幽界と日本ではよく今は言われているかな、
本来の霊が住む場所では無いのだ、

地上の垢、汚れを落とす一時的な場所だ。

幽界と言われる他の場所も見てみた。


歓楽街まであった。

まるで、ラスベガスのような雰囲気。


キャバレーや、風俗的なもの、酒場、博打やギャンブルのような処にも沢山の霊人がいた。


また、大きな街も見え、そこはまるで巨大なテーマパークに感じた。


日本で言えばディズニーリゾートやハウステンボスのような楽しく、綺麗なものが町中にあって、
そこには、映画村や、コンサートホール、遊園地、公園、劇場、などなど、
地上で楽しまれていたものが沢山街の中にあり、
人々は、いかにも楽しんでいる様子でした。


それぞれがやりたいことを存分に出来るようで、
絵を描く霊人、劇場で歌手として人前で披露する霊人、
何かを作ることにいそしむ霊人、

趣味思考がいくらでも楽しめるようで、
そこにある住民の家家も、

みな個性的。


変わったデザインや、趣味のキャラクターをイメージしてつくられた家や、
オリジナリティ豊かなものがたくさんあった。


現代的なものが多いのは、やはり、この世界にいる霊人たちは最近の時代に亡くなったものが多いからだという、

大抵の場合は、この幽界のこの地上世界の垢落としの場には、

何百年も長くいないので、あまりに古い魂は、   
既に地上に転生しているか、上の霊界(天界)か、下の地獄界に行ってしまうのだという。


だからあまり古い時代に感じる霊人が見え無いのですね。


私がみたこの世界の霊人たちは近代的な感覚の霊人が多く感じました、


おそらく、他の場所もあって、先住民族などの霊人たちがいる場所もあるのだと思います。私は霊界の本当にごく一部だけを見て来たのでしょう。


地上世界の中にも沢山の世界がありますよね、

それを全て語り尽くす事柄出来ないように霊界は地上世界以上に広大で多種多様な生活がありますからね、


幽界の世界は、本当に地上の人々が考えたりしているものがなんでもありました。


おそらく、地上の多くの人々は、睡眠中にこの世界をみていると思います。


地上にそっくりの世界です。


つづく

           



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いつもお越しくださいます皆様、ありがとうございます☆。(*^^*)

私はスケーターの羽生結弦選手を拝見する度に心が清らかな気持ちになるのですが、^ - ^

羽生選手をはじめ、錦織圭選手など最近の若い活躍されている方々の語る言葉をうかがいますと、

新人類の方々の中には、ライバルという思想は少なく、

いかに自身の才能、実力をこの世界で発揮することが出来るか、

そこに焦点があるように感じます。


今までの時代の人々は、いかに周りより秀でるか、ライバルを蹴落とすか、
優勝、トップになるという目標を達成するか、
というような、

自分対他人という思想の中でライバルと競っていく考えでした。


スポーツにしても、オリンピックなども、
周りに勝つことを目標にしていた。

会社でも、資本主義社会でも、いかにライバルより秀でるかが、問われてきました。

しかし、

新時代に生きていく人々のお手本となっていく、人々は、自分vs他人の生き方ではなくなるのでしょう。


自分の才能を力を、発揮する事を目標にし続けている人の中には、

ライバルという敵はいないのです。


自分をいかに神の道具として、世界の為に実力、才能を出しきれるか、

それを第一に考える生き方です。


そのような人には、人との比較も、実力の差に悩んだり、嫉妬したり、悲観する気持ちはないのです。

だからこそ、素晴らしい才能を次々出して行ける、

周りの人と競っているうちは、

本当の神性を発揮した実力は現れないでしょう。

自分と内なる神性の覚醒。

自分の種を開花させること。


それしか考えなくなっていった時に、

人は本当の神憑り的なパワーを発揮させていけるのでしょう。


私自身も、誰かと競う思考、
誰かをライバルに感じているような気持ちはありません。


誰かと競うこと自体があまり波動が高い生き方とは言えないと感じます。


それぞれが才能を開花していけば良いことで、争う、競う必要はどこにもない。


それぞれが世の為に自分を役立てるのに、競うのではなく、称えあい、褒めあい、共に励まし合えば、互いに延びるはずです。


それぞれの個性、才能、力、神から与えられた全ての自分に宿るものを、

大いにこの地上で最大に発揮しつくして、出しきってから地上を去りたい。


そのような思考で生きておりますので、他人と自分を比較してみたり、
ライバル視してみたりという、
発想はないのです。


誰にでも才能は何かしらあるでしょう、それを神の使徒として地上で発揮してこそ、

新世界、弥勒の世、神の世、次元上昇した世界となっていきます。

そこに、他人と競う気持ち、比べる気持ち、心は、

皆無い人々になるでしょう。

それぞれの個性、才能を認め合い、称えあうのが
新時代の調和の世界です。


           








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本日の木花咲耶姫様からの御神示、神様からの警鐘さんのサイトの木花咲耶姫様のお言葉がとても重要な内容に感じました。

↓に記事をリンクいたします。こちらです。
木花咲耶姫様からの御神示、神様からの警鐘さんサイトより 
[神の心を知りたくば、天を見よ、自然を見よ、地上を見よ]


こちらのご神示のお言葉は、少々古い言葉使いですので、読みずらいと感じる方がいらっしゃるかと思いました、
この記事について原文が読みにくい方の為に、わたくしはひふみ神示の現代訳をしておりますことから、この記事を現代訳に変換して掲載させていただきます。

出典元 木花咲耶姫様からの神示、神々からの警鐘さんサイトより 

[神の心を知りたくば、天を見よ、自然を見よ、地上を見よ]の記事原文
原文はこちら 

現代訳に変換させてシェアさせていただきます。

以下 現代訳にした状態の木花咲耶姫様の神示のお言葉

************

宇宙は限りなく、いかに人間が知恵深くても、そのすべてを知ることはできません。

宇宙の真理はこの世もあの世も全ては神の御心であります。ですからに真理は元ひとつ。

宗教の違いというは、人間が作り上げたもの。
そもそも神は人間の我欲が神の思いを遥かに超え、物質主義に傾きすぎて精神を置き去りにするのを憂慮され、この世に宗教者を降ろされたのです。

であれば全ては神の御心から出るのであれば、その真理はひとつなのに、この神こそ本物である、この宗教こそ本物と申すものがいればそれこそ本物ではありません。

そのような論争は恥ずかいことです。

人はどうあがいても神にはなれず、人を導く宗教者はあくまで中庸で謙虚な態度で人の後ろに座するものです、
そして命をないがしろにする教えなどひとつもない。

近々では、自殺者が多いでしょう。自殺して、楽になどなりはしません、あの世の仕組みを知れば到底、己の命も他者の命も奪えないでしょう。

あの世は、この世よりさらに厳しいと心得なさい。

また互いが補い互いに高め合うのが宇宙の真理です。
すべてのものは平等であって、成功するものはどこかに大きな欠けがあるものです。

己には何の才能などないと思うのもどこかに小さな才能があって己が気づかないだけです。

平凡であることも難しいでしょう。この世とあの世をあわせれば、さらに平等となるでしょう。

神は平等に欠けたようなものには、それを補って余りゆく程のものを与えられる。

己はいつも不幸であると嘆いてばかりいるものは、10年前をおもい起こしてみなさい。

善い種をまくものは、花が咲き実もなるけれど、悪の種をまけば、不幸現象が起こるのです。
因果応報それも真理、不幸は全て己の行動の結果なのです。

この世は陰と陽によって回って巡る。
けれど近々では、陰と陽の調和が崩れさり、天と地がひっくり返ってしまう様である。

陰陽調和すればこその宇宙の真理、天と地が本当にひっくり返ってしまうその前に宇宙の自浄作用にて元に戻そうとしている。

それは明日かもしれない。三年後かもしれない。
けれどすでに立てわけは進んで、最後に残されるのは、魂の清いもののみ。

なぜかと言えば、今は地球の次元が低いけれど、立て替え立て直しによって、この地球の次元はあげられるものであるならば、低いレベルの魂では、生きられないからであります。

次元高い世、そこに残ることのできる魂は一人でも多いことを神は望まれる。

己の魂を高めるには、まず、己の欠けを認めることです。
神の心を知りたければ、天を見なさい、自然を見をみなさい、地上を見なさい、その中にある、神の怒り、悲しみ、苦しみ、慈愛を感じとることであります。

以上 
*[*[*[*[*[*[*[*[*[*[*[*

2016年3月15日 現代訳広光清蓮


木花咲耶姫様の神示のお言葉を現代訳にして掲載させていただきました。

こちらの神示はサイト管理人兼巫女である、天杵万乃様(旧名木花万乃様)に現代訳に変換する了解は得ておりませんので、本来はわたくしも、訳すことは良いものか、分かりませんので、この記事のみ今回のみ非常に重要だと、
天の力が裏で後押しして参りまして、
掲載して良いか非常に悩みましたが、現代訳を公表させていただきました。

もし、不都合な点やあまき様から載せるのをやめた方がよいと思われているように私自身受けとめましたら、すぐに非公開とさせていただき、私個人の記事として使うことにいたします。

ひふみ神示の現代訳サイトはリンク集に載せてある日月神示現代訳 ひふみ神示愛
というサイトです。
こちらは、版権が切れておりますので、現代訳をお役目として活動させていただいております。








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これからの新たな時代では、

その人がどんな人間なのか、

心の中は何を考えているのか、

丸見えに心の内が分かる人々だらけになります。 

そうなった時に、

その相手や周りの人々と堂々と共に生きていける人間とは、 

心の中が、きれいで、言葉に偽りがなく、

行動が心と言葉と一致している。

そんな人々です。

もう、そのように人の心の中がはっきり分かる人々が
沢山地上世界には生まれており、現代を生きています。

インディゴチルドレン、クリスタルチルドレン、レインボーチルドレン、サイキック、霊感や霊的な覚醒が進んでいる方々、、

これらの方々の中では、

お互いの心の中、心の内は見えてしまう。

その人がどんな人間なのか、

魂がきれいな状態なのか、雲っているのか、

何かの欲にとらわれている状態なのか、

魂磨きよりも、地上の物質世界にどっぷりつかっている状態なのか、

瞬時にその人の状態が分かる人々ばかりの中で、

あなたは誰に見られても恥ずかしくない心を持つことが出来ますでしょうか。

見られたり、知られたり、気づかれたり、ばれて恥ずかしい事をしたり、思ったり、発言していないでしょうか。

心の中身と、表の発言、実際の行動、生活、

それが、バラバラで、嘘や偽りや欲で塗り固められていたのなら、

見る人から見れば瞬時に丸見えで分かってしまうのですよ。

それは、実際に会わなくても、その方を霊視したり、考えてみるだけで、心の状態が見えたり、分かってしまうのです。

そんな、みんなが心の中を見通せる世界の中で、
堂々と共に生きていける方々。

そのような方々以外は恥ずかしくなって、離れていかれ、同じ波動の中でいられなくなる、

そんな時代になって、参ります。

欲で動いているのか、利他の心から動いているのか、
既に、分かる人々達には、分かるのです。

沢山の天地の皆様へ

感謝いたします。

           
画像作 クリスタルダイヤモンド








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本日の2回目の更新になります。

本日の2時46分に東日本大震災の追悼式の中継と共にテレビの中の慰霊碑に向かい黙祷とお祈りをいたしました。


今までの地球では、形式が重要視されてきました。


信仰といえば、宗教と思われ、形式的な○○教、○○会、などなど、形式的な宗教を持つ人だけのもの、と感じられて来ました。

また、祈りといえば、
現在でも、それぞれの宗教、宗派の儀式、形式的な祈りの言葉、形が大切なのだと思われております。


キリスト教の祈り方、仏教の祈り方、イスラム教の祈り方、ユダヤ教の祈り方、ヒンズー教の祈り方、神道の祈り方、新宗教、新新宗教の祈り方、

実にバラバラでした。

しかし、祈りの形式、神の祭り方、

そのようなものは、これからの新らしい地球時代においては、

重要なことではなかったと、人々は気づいていくことでしょう。

宇宙の根源神の元に、
地球人として、神の子として生きるようになった時に、

祈りの作法、方式、言葉、宗派など、
だんだんと関係なくなって行きます。

本当の [祈り] とは、

神との対話です。

根源神様、天上界の神霊様方、自然神様、そして人々の心(魂)の中にある一人一人の内在神へ向けた対話。


それを日本語では祈りと言います。


人に話をするときは、会話、対話ですね。


人の心の神に向かって語れば、それは祈りになります。


今までの地球の信仰は、宗教的な形式的な信仰の中での祈りでした。


お経や念仏を沢山あげることや、

膝不味いて祈りの言葉を話すことや、

礼拝をしたり、祝詞を唱えたり、

それが、祈りだと認識されていました。

しかし、本当の祈りとは、形式は関係ない。


今までの地球宗教は、祈りの作法の違いや、祈る対象などの違いをお互いに批判し、


あれは違う、こっちが正しい、自分の信じる宗教の人は救われて、別の祈りをしている人は違う、地獄に落ちる、間違っている、邪教、邪宗だ、

と互いにこのやり方だけが正しいと思っていたようなところがありました。


しかし、神の愛がそんな、不公平なはずはありませんね。


どんな宗教だって、どんな形の祈りをしたって、
どれが正しくて、何が間違いということはないのです。

形式にこだわることよりも
大切なのは、その心です。


その心が本当に神に向かっているのか。

神の子として、本当に神を信じる心を持って祈っているのか。


その心こそが大切であって、祈り方、形式、作法うんぬんが重要なのではないはずです。


神、高級神霊様方は、祈りの形式で怒るなどということはないと思います。

無礼な行為や態度は良くないと思いますが、祈り方の形式に何か言われることはないはずです。


神様は心を見ているのです。


ですから、これからの新たな時代には、
祈りにこれが正しいというような決まった形などなくなるでしょう。


祈った言葉、思いそのものが祈りですから。


いくら内容も分からないお経や念仏を唱えつづけても、心が全く違う事を考えていたり、心が祈りになっていなければ、なんのために祈っているのか、分からなくなりますね(*^_^*)。

心から神へ対話すること、

人々の心に語りかけること、

それが、祈りになっていきます。

形は、自由にお好きな形でなさればよいでしょう。


手を組むのがやり易い方もいれば、
柏手を打って祝詞を唱えるのが好きな人、
何かを唱えるやり方が好きな方、
合掌する方、
黙祷、瞑想する方、
膝まずく方、
十字を切る方、
言葉を話す方、書く方、

なにも形にとらなくても、心の中で語る方。

それで良いでしょう。

形はどれでも、自由にお好きなやり方でなさればよい事。


逆に何か形をとらなければならないということもなくてよいです。


それぞれが、自由に神に祈る、

それがこれからの、地球の新時代、神の世、弥勒の世、アセンションした世界の、

祈りになるでしょう。


そこには、宗教宗派への壁は無くなり、

全ての宗教は手を取り合い、認め合い、

宇宙の根源神の元に統合され、

宗教争いや差別、派閥などは無くなって、各自が自由にお好きな形で

根源神の元に生きながら、日々発する心自体が祈りとなっていく時代が来ることでしょう。


これからは、無理に家に神棚や、仏壇を置かなくても、
各人がいつでも心の中で祈りを捧げられるようになれば、
形式的なものは無くても、神を祭りながら生きることになっていくでしょう。

 
神棚などがあった方が祈りやすい人は、自由に設置すれば良いですし、

無くても神に向かいながら生きられる方は、
持たなくとも良いと私は思います。

クリスチャンで育った人、仏教で育った人、様々な宗教の元に育った方々がおります、

そのような千差万別の事情がある方々に無理に神道の神棚など形式的な神具や仏具を買わせる必要はないと思います。


それらの神棚や仏壇を備えたりするのには、物を置くわけですから、家族や親族や周りの人からの目や意見も様々考慮する必要が出て来ますからね(^_^;)。


今までの時代のように、
○○しなければいけない、という決まりはなくなっていくのが、
波動の高い世界です。

今までは、地域や人種にあった形式がバラバラに生まれてきましたが、

これからは、一つの地球という星の元に調和していきましょう。

そうゆう時代の先駆けに私達は今いるんですね(^-^)。

地球を一つの愛の星にしていきましょうね☆(^-^)。

         
画像広光清蓮作 明るい地球








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本日、東日本大震災から5年を迎える3月11日。


あの日から、時間が止まったままのように感じていらっしゃる被災者の方々もおられることと思います。

光を見いだし前向きになんとか歩み出された方々もおられることとでしょう。


犠牲になられ、この世を去られました多くの犠牲者の皆様に心より追悼の祈りを捧げると共に、

地上世界に留まられ、さ迷われている多くの霊魂が安らかに神の道へ昇られ天に帰る事ができますように、
お祈り申し上げます。



地上にて被災された被災者の皆様。


今、様々な思いを抱き、懸命に生きておられますね。

本当に尊い皆様お一人お一人です。


神様が、皆様を地上に生かされたのには、
理由があります。


辛く、悲しい、恐ろしい体験をされて心にトラウマをつくってしまわれたことでしょう、

しかし、そのマイナスを、プラスに転じる魂の成長と体験を、
地上で自分はするんだというように、
天から地上に生まれてくる時に、
あの世で神様や守護霊様達と約束されてきたのです。


辛く悲しい体験をしてもそれを乗り越えること、それこそがこの地上世界で魂の成長をするための大きな大切な体験です。


その体験は、人それぞれです。


災害で体験を乗り越える方、家庭問題で乗り越える方、病で乗り越える方、様々なトラブルで乗り越える方、一人一人魂の計画は違います。


皆様の人生の体験には、けして無駄な事はないのです。


お父様、

お母様、

お子様、

ご兄弟、

おじいさまおばあさま、

親戚、

お友だち、

恋人、

近隣の方、

仕事仲間、

先生、生徒、

ペット、

大切にしていた人、もの、、、

大切な存在を

震災で亡くされた皆さま


ご飯を食べることはできていますか?

睡眠はとれていますか。。

風邪などひいていないですか。。

○○はいつも、あなたのそばにいるのですよ。
*。゜☆

あなたのことをいつも見ています*

目には見えないので分からないでしょう。


このように霊体になってしまうと肉体とは波動が違うので、あなたの目には全く見えないけれど、

いつでも、○○は、あなたのこと見守り、愛し、たくさんのメッセージをあなたのハートに送っています。


あなたが、ふと、心が暖かくなったり、何か感じた時は、
あなたに、霊体になった○○が言葉をかけて、それがあなたのハートに伝わった証拠です。☆゜゜*


あなたが悲しいのも、苦しいのも、辛いのも、必死で耐えてがんばっているのも、


すべて○○や、私達には分かっていますよ。


たくさんのエールや愛を見えない体で、

あなたに必死で送っています。


あなたは、どんな事があっても、一人で暮らしていても、

周りに誰もいなくても、

けしてあなたは、一人ではありません。


あなたの側にはいつも○○や、

あなたが生まれた時からずっと見守り続けている守護霊様や、

あなたを見えない力でサポートしている指導霊様や、

ご先祖様達、天の数々の天使や、霊人たちが、あなたに愛を送り包んでいるのです。


そして、何よりあなたの心の中には、神様が、住んでいる。


だから、あなたはどんなに寂しくても、孤独を感じても、

一人ではないですよ。


わたしもこのサイトから、いつもエールを送っています。


少しずつでいい、今まだ進めなくてもいい、

いつかあなたの体験を、


天に昇華して、強く人間として前を向いて進める時が来ることを

天からたくさんのあなたを愛する存在が見守り続けています。


あなたが地上世界で精一杯生きる事が、

なにより天の○○の望まれていることでしょう。


皆さまの悲しみを日本の全国民で、分かち合い、

喜びは、共に倍にして、
一人一人が光の道を歩み出されることを、

いつも心より祈っております。



被災者の方々、被災地へ愛と光と祈りを送ります。

        
写真 天光

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昔の時代には、人は簡単に自分の思いを世間に表現することはそうそう出来ませんでした。


書物にして出版したり出来る人は、極一部の人だけ。

特にかつての女性達は、教育もまともに受けられず、字も読めない書けない事も多く、

女性がこのように自分の思いを、字にしたため、世間の皆さまへ発信することなど、

出来た時代はそうそうありませんでした。

さらに現代は、言論の自由が日本では認められ、検閲などもなく、
本当に書きたいこと、伝えたいことをこれほど直接、自分の体で書いたりして表現できる。

かつてのキリスト様も仏陀様も自分の体で、直接書いて残された文章はほぼ残っておらず、

口伝えで弟子や周りの人達が記録として、後に残したものが、現在伝えられております。


中には、歪んで伝わったものや、弟子や周りの意図に歪められてしまったもの、
間違って伝えられているもの、様々が含まれております。


また、あの世(霊天上界)に帰ってしまえば、

地上世界の人々に自分の思いを表現できるチャンスは、
ほぼ無くなってしまいます。

霊媒(巫女、チャネラー)に、霊天上界の霊となった人々が、
言葉を伝えて、それを広げたり、示してもらえるチャンスというのは、

どんな霊人にも、貴重なことであり、そう簡単に出来る経験ではないのです。


霊媒を通して、霊天上界にいる高級神霊達が、
自分の思いを表現できるチャンスがあったとしても、
数回、数十回地上の霊媒の人間に伝えられればかなり素晴らしい体験を積んだというくらい、
狭き門であり、沢山地上の人々に伝えたいことがあっても、
それは、霊天上界に帰ってしまえば、出来ないことになってしまうのです。


死者が、地上の人々にいくら話しかけても、聞いてもらえないのです。


地上の現代の日本という先進国にいるからこそ、
堂々と自分の思いを世界に発信できるという、
奇跡に近い、ありがたい環境で学びを深め、体験を積んでいけるのですね。

本当に、幸せで、ありがたい神からのプレゼントに感じます。

せっかくこのような恵まれた環境に生まれ、発信できるチャンスがあるのですから、

みなさまも自分の思いを世界に表現されながら、
神の子としての思いを表現するという、徳を積まれる体験をされてみてはいかがでしょうか。


またとない修行となり、魂の成長も学びも深まることと思います。


以前、寄せられた批判コメントに、
ブログのようなものをすることは考えられない、
自分はしようとも思わない、
と仰られた方がおられました。


SNS やインターネットなどのツールで、表現するもしないも全て個人の自由でありますね。


わたしがなぜ、ブログを書くのか。

それは、わたしにとって、自由に自分の思いや、感じることを世界に表現することが、

なにより、魂の喜びだからです。


それが私にとって、幸せであるからです。

そして、喜びが世界に広がり、伝わる事は、けして悪い事だとは思いません。

言霊(ことだま)として、世界に広がるでしょうし、

天上界からも、しっかり、地上の全ては見えており、
地上の文章も霊天上界の高級霊様方々にも様々な形で読まれております。

わたし達のいる地上からは、霊天上界の事は、見えない分からなくても、
上の世界からは、お見通しです(*^^*)。

下手な事は、出来ないんですね。(^_^;)

ですから、堂々と嘘を書いたり、ついたり、
心と違う事を書いたり、そんな事をしようとも思わなくなり、

いつも神や天上界の高級霊様方に見られていると思えば、行動も発言も、思いも、

正しく、嘘偽りなく、堂々と神に顔向けできる自分でいようと、
常に考えて行動するようになると、わたしは思います。


いつもお読みいただき、ありがとうございます*

皆様の日々が益々明るく輝きますことをお祈り申し上げます。

           
写真庭の菜の花








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